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~神への帰依の模様を日常からの問答から導き出します~
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解答は、


最後は笑うしかない。

ニヒルな笑い

高らかとした笑い

まあこの二つしか人生の真理はないでしょう。



ところで、

よく考えて行動する



まず行動する

は達者が兼ね備えています。


よく考えた過去があるから、とっさに行動が取れる。

夕食終わりました。日々の糧を今日もありがとうございます。


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答えは、YESとNOしかない。

私はそれを知りたい。

答えはYESだ。

私が大学に進学したから兄は死んだのだ。

家族をほって、一人ドンキホーテーのように、無限を目指して、地面を見ていなかったのだ。地面とは家族であり、兄という兄弟である。
目的も持たず、モデルをやりたいという心で、東京に出ようとしていた卑しい心があった。いってみれば、モデルをやりたいという理由付けに東京にいくための「正しい」と詭弁を用いた手段が大学進学であったのだ。

そこは唯一の嘘をついたことなのだ。
それすら当然のごとく、神に見透かされ、ただしい道へ矯正されたのだ。

大きな矯正



だから、モデルのために大学進学と嘘をついたこと、それは正しくなかったのだろう。だから、二十年経っていまだにこのカルマ的因業から抜け出せない。いまだに正しい道は何かと探す羽目になったのだ。

先ほどの ただしい ことではなく、たのしい ことをやんなさい
ということは、ここにきて、どう考えればいいのか。

ただしい道というのは、先祖代々から受け継がれている作法であったり、儀礼であったりすることで、幼少のころから矯正されて身につくものである。

竹の棒でぶん殴られる兄貴を見て、この家にはいたくない。いつ俺もなぐられるかわからないと思ったのは確かだ。

高校時代、ただしいことはなるべくしてきた。たのしいことはした記憶がほとんどない。だからたのしいこと、予想している大学での楽しいこと、モデルとしてやっていくことでたのしいことが起こるんじゃないか、と見ていた。

それはただしくなかった訳か。

泥棒をしなければ生きられない人が、生きるために嘘をついて金を取ること、また、無銭飲食をするようなこと、それと同等に正しくなかったのだ。

生きる矛先としてモデルをしたいと思っていた私は、それ以外の計画性はまったく持たなかった。言ってみれば「東京に行けば何とかなる」くらいのことしか気軽に思っていなかったのだ。そう。うつ


・・・・・・・と書いたところで、ブレーカーが落ちた。幸いなのか記事は残っていた。これは神からの印であることは間違いがない。
暗号解読にかけなければならない。
答えは、
・貴様の書いているのは正しい。嘘をついていたのはそのとおりだ。気がついたな。肯定するの意味
・いったん、冷静になれ。そのために電気を消した。中庸の意味
・NOも考えてみるがよい。負荷をかけすぎるな 否定の意味

霊性的には、
・時空を超えて、その過去のときの清算の時がやってきた。
・龍神がわが家をいまうろうろしている。

「高校時代、ただしいことはなるべくしてきた。たのしいことはした記憶がほとんどない。だからたのしいこと、予想している大学での楽しいこと、モデルとしてやっていくことでたのしいことが起こるんじゃないか、と見ていた。」

というところが気にかかる。
人は、目標や夢を持って進んでゆく存在だという節もある。
多くの人は、夢に祈願し、実現して喜び、また夢や目標に向かって進んでゆく存在でもある。

高校時代もてた夢がモデルであれば、素直にモデルになりたいから東京に行くということで出てもよかったのだろう。しかし、それにもドンキホーテ的無謀さがついてまわっていた。情報もインターネットもなく、テレビも数チャンネルしか入らなかった時代に、それを夢持ったことは大望ではなかったか。

そういう考え方もできる。
それが神からの言葉であればうれしいが。

少し疲れたので次の時にしておこう。
「なぜ私は双子なのか、なぜ双子の兄は死んだのか、それが自分に起こったのはなぜか」

この問いは「天命」または「生きる使命」と同義の問いかけである。

これに対して、社会的に知名度のある人々はこういう

「仕事とは他人に仕えることである。仕事を通して天命が見えてくる」

これを逆に解釈すると

「自分にばかり仕えていないで、人のために何かしようとはじめることだ。」
つまり、
「双子だ、双子だ、なぜだ」と問うばかりでは答え=天命は見つからない。
社会に出て、仕事をしてこそそれが見えてくるのだ、ということのようだ。

更に考えてみると、

「(双子の)天命の答えは、他人にある」ともいえるだろう。

「あなたの(双子の)天命は、私たちには分からない。あなた自身が知っている」とも解釈することがきる。


私にはもはや、私の好きな色や、私の好きな食べ物など、好きな洋服など、は存在していない。

食事の欲求も極度に下がっている。それはいいとして、

「人のために生きることだ、それを通して使命が見えてくる」

これを引き受けたとする、あるいは理性的にでも理解して、実行しようとしたとする。

とすれば、

「何をもってして、人のために生きる材料を持つのか」

が次の命題となる。

それで「社会に出ろ」「仕事に就け」ということの順段階的な論理性をもっているとすれば、人に会え、パーティーに出席しろというのは理にかなう。
そこにいる給仕、バーテン、ホテル支配人、それぞれ多数いると想定(しかできないが)できる人々の携わっている仕事、ホテルの横にある建設中の建物、行く途中に見る銀行、道路工事に従事している人、スイーツを売っている店、店員、酒を売っている店、店員、商品、、、など

外面的なものしか見えてこない。
双子であることはなぜなのか、その使命は何なのか、という問いを常に24時間考えて問い続けることは精神の困憊をきたす。見るつもりはないのか、といわれても、疲れてしまって見ることはできなくなってしまうのだ。

そうなるとそれらは縁ではないということになる。(と解釈している)

しかし、実際に人に会え、パーティーに出席しろということができない私は、

前段階の「社会に出ろ、あるいは社会を教科書と思え(実際、社会に出たが、楽しい読み物ではなかった)、仕事に就け」という段階になっている。

カント曰く「ナニナニしたいからなにをする」ではなく、「汝ただそれをなせ」ということしかいわない。(仮言明法、定言明法)

わずかながらの「社会を教科書として」見てきた経験から、考察すれば、

栄養士になって、医師になってなど時間も費用もかかるものは選択できない。

ただ、フロムエーなどをぺらぺらとめくって、目を閉じて、指先を無造作に指し示したところの仕事をするとかは、やはり、選別が入り込んでしまい、嫌だな、とかこっちのほうが楽しそうだとなってしまう。これも大学時代からそうだった。

私が、アルバイトなどを選んできた視点は、
「人に会わなく淡々ともくもくできる」仕事が多かったように思える。
人と接する仕事として、居酒屋や販売員などをする人もいる中、
私は、私は、人に会わなく、淡々としてもくもくとする仕事を選択してきたようである。

しかし、これは、陰鬱的消極の結果選択してきたものではないだろうか。
兄が死ななかったときは、人前に積極的に出る仕事アルバイトをしたいと思っていたはずなのである。

それが適切かどうかは、次の考察に移ることで判明する。

接客としての仕事としては、指圧があった。
いつ何時人が来るかわらない緊張感は、私を困憊させた。人の存在や考えていることの機敏さが直接心臓に響くみたいだった。

とすると、これはきついのだろう。精神が休まらない。
この時点で、私は精神を非常に負荷をかけている存在だといえるだろう。

それは社会を教科書として読んできた結果、自分には向いていない職業だと考えることができる。接客はだめだと。
カラオケ屋でアルバイトをしたことがあった。給仕である。
当時は指圧学校の夜間の帰り、朝までしていたのだが、だまされていたとはいえ、医学に真剣に取り組んで夢と仕事を達成するのだという意気込みがあった。昼はジムでガッチリと身体を鍛えて、夜は学校に行き、夜中はアルバイトをするという生活だった。アルバイトはなんてことはなかった。と同時に、やりがいも見出せなかった。
仲間がいたことは楽しかったと思った。ただ体力はその時は問題がなかったようだ。

この時点で、人から何かを示唆されるようなことはあったかもしれないが、それは耳に入らなかった。それほどまでに指圧に夢を持っていたからだ。

逆に言えば、アルバイトで生活費のすべてをまかなえたわけでもなく、やりがいも感じられず、接客が楽しいという気持ちも持ったような気もしたが、それを生業にしよう、あるいは天命だと感じられるようなものでもなかった。
仕事として、給仕ばかりだと大変退屈してしまうような気もした。それが社会を教科書として勉強してきた結果だ。(といいたい)

指圧学校当時の生活スタイルはそうなのだが、充実していたようにも思える。ただ、社会的に「仕事を朝から夜までして」というサラリマン的なやらされている感じはなかった。
金銭的にも不十分でも、自ら組み立ててライフを作っているという感じはあった。

とすると「自分で組み立てて生活を作り上げることに充実感がある」と学び取ったことになる。

サラリマンをしていたとき、治験の仕事だが、医学の精神とでもいうのだろうか、医学の神のもと、人類のために投薬される被験者の倫理性と安全性を守るために、ここまでこまかに規定がされている法律、条文を見たときは、すごいことだと思った。これに勤めたいと思った。

ただ、「会社」として働く上では、雑多なことや、夜遅いこと、決定的には、薬剤師のやる仕事を指圧師ができないという結論に至った。会社なくして、この倫理や精神を伝えられればいいのに、とまで思ったが、職務的な薬剤師と指圧師の違いから、どうも忌避されている感じが付きまとって、(これは採用してくれた会社の恩赦でもあったのだろうとはおもっている)、なかなか職務の中の根本的なところに行くことができない。いけるのは間違いなく薬剤師なのであると判明した。(社会を教科書として読んだ結果分かったこととしたい)

筋違いな仕事ではあったが、治験に携わったことで、世の中には倫理性と高邁な精神が生きていることは分かった。ただ、職務ヒエラルキーの細かい医療業界においては、私も指圧師も出番はなかったということだった。ただ、それだけのことである。
薬剤師と指圧師の違いによる職務不可能性の現実は、昨年2008年に如実に露呈した。
12月はこの業界の仕事に応募したが、決まらなかった。もはや無理だろう。

汝ただ、それをやるべし(カント)

寝ても起きても、このことしか考えられないということが、おそらくそれをやるべし賭する事柄なんだろう、と考察する。
今の私には、過去を振り返り、「社会を教科書として読んできた」結果を簡単に書いてみた。それしかできない。

しかし、「働け」という強制以前に、「収入」を確保するためにやらないとならない。今は、「仕事に就く」「収入を一定額毎月入れる」をやらなければだめなのだが、それがカントの言う「汝、ただそれをやるべし」なのでもあると思う。
しかし、俗的に言えば、金を稼ぐのだ、ということが命題だとすれば、なんとも、がっかりしてしまう。がっかりしてしまった。いや、疲れてしまったのかもしれない。
哲学は、ここまででしか解決の導きをもたらさないのか。と思えば、がっかりするところもある。極言して「哲学は何にも役に立たない」ということと類推することができる可能性があるからだ。

しかし、こだわりもあるし、哲学にずっしり身を投げてきた身としては、それは絶対に言いたくない言葉だ。「哲学は何にも役に立たない」と自ら口にいった途端に、虚無に落とされるのである。哲学を学んできた、哲学から敷衍してきた指圧、それらが無の産物であると証明されてしまうように感じるからだ。

「ただしいこと」をしようとするんじゃない「たのしい」ことをしようとするんじゃ

という言葉が昨日のメルマガ良い言葉ネットから届いた。

一文字だけ違うと大きく変わる。

自分にとって「たのしいこと」とは何だっただろうか。

ウエートトレーニングは自分で自分を鍛える楽しいことだった。
人に教えるとか楽しくないのだ。
しかし、なんとかプロのボディビルダーになったとしても(一時期目指していた)、それで食っていける人は、ほとんどいない。アメリカならそれもありらしいが、同じだろう。日本ではプロビルダーとして職業にはできている人はほとんどいない。筋トレのトレーナーとしてやっていくというみすぼらしいことをやり、飢えをしのぐためにやることになってしまうのだ。

努力に対して結果が出れば楽しいだろう。
筋トレの醍醐味は、そこにある。自身の努力が必ず結果として生じる。

ところが、私の場合、指圧が特にそうだが、固い人ばかりが当てられる。固いから疲れる。「身体が少しでも楽になりますように」と四六時中思いながらも、その強度の強いマッサージ特有の疲労感がやってくる。そして、「やっと終わったー」と思うのである。これはやりたくないと思っていることと同じである。ほどなく、同じくらいの固さの人がまた当てられ、身体は疲れているのに、同じ力を出さなければならない。だんだんと「人のため」だとか「身体が楽になりますように」などと思わなくなってくる。「早く終われ」と思ってしまうのだ。本当なら、どんな固い人でも、患者なのだから、どんなに自分が疲弊していようが、「身体が少しでも楽になりますように」と思う気持ちが残存していて当然なのである。しかし、私にはそれがまったくできない。挙句の果ては、嫌になって、「今日は休みます」となり「今日は身体がつらいので早退します」となる。明らかに間違っている。それでいて、指圧師の医療者としての寿命は短いとなる。疲弊するほど固い人ばかりを毎日押していて、年齢も経てくれば、最大筋力は落ちてゆく。患者に十分な圧力を与えられない。最悪だ。おしまいだ。

本心では「やりたくない」と思っているということだ。

結果は金銭で与えられない(給与は医療従事者のなかでも介護と同じくらい低い)、患者は同じ姿勢や労働をするために、また、ノイローゼならば全身緊張していて、また固くなる。だからまた来る。その来るのはうんざりなのだ。治っていないじゃないか!
それで、力の強さで少し部がある私は、「指名」だとされる。院長はお客が来たと喜ぶ。治っていたらまた来なくていいのだ。医療の理想はそこにあるだろう?
おかしいのだ。やりたいはずはない。

これが指圧について、社会を教科書として学んだ事柄である。

金を取って、やるものじゃない、と思ったものだ。
でも、他の仕事につくには
・・・・・・・・

ゴミ箱を掃除したのだが、ふと思った。

「私は人に怒られるのが嫌なんだ、怖いのだ」


そう思ったのだ。

考えてみれば、父親に怒られると、兄貴は、竹の棒でぶん殴られていた。
父に逆らえなくなったはずである。

大学に行ったのが神からの雷で、正しくないことだったのだ、とふと思った。いや、かなりの後悔を持って思った。私が大学進学などしたから、兄貴は死んだのだ。

何か深層心理で、私は、「私が大学に進学したから兄貴が死んだ」と思い込んでいるところがあるように思える。
そうでなければ、兄があのタイミング(入学して一月後の五月)で事故にあうはずがない。気学者に五千円払って聞いてみたら、「悪い方向に行ってますよ」と言われた。
場を濁しているのではないかと思った。たぶん場を濁したんだろう。

次の問題は、「私が大学に進学したから、兄が死んだのか否か」に向かわなければならないのか。。いささか疲れてはいるが、挑まなければ俺が前に進めない。
「あなた」

あなたには、両親がいて、祖先がいて、友人がいるはずである。
その人、一人一人が、「あなた」に経済的にも、心理的にも、支援してくれているのであるだろう。

その遥かかなたからの恩恵を受けて、部長になっている人、役者になっている人、経済的に困らない状態の人、さまざまいらっしゃる。

その人たちには社会に対しての、貢献をもってしても十分に、祖先、両親、友人などに御礼はできているだろう。物質的な、また精神的なお返しができれば、更に御礼は深まるだろう。

だからそのままでいいのです。

私にも祖先がおり、両親がいて、仲間がいる。

「あーあ、仕事決まらないかなぁー、」

という気持ちのとき、携帯電話がなる。。
「あんたに仕事頼みたい人がいるってよ」という内容の電話。。

これは漫画のようなこと。

実際は、電話もならなければ、転職サイトもスンとも言ってこない。
占いなどは曰く「あなたの前世のカルマが・・・・現在の結果になって帰ってきているのです」とか「祖先を大事にしていないからです」とか「方角が悪いのです。悪い方角ばかり行ったからです」など

私には、人生の師匠という存在はいない。
師匠の下、人生の訓辞を受けました、技術を学ばせていただきました、など美しい話である。

田舎から出てきて、師匠ともめぐり合わず、学問といっては、学校の中で閉じこもり、井の中の蛙大海を知らず の状態なのだろうか。

まず人とかかわりなさい、ボランティアでもなんでもよいのです。

などともよくいうて定例文句だろう。

ボランティアできない、人とかかわるにかかわる人がいない、人とかかわるに、人前に出られない、いわゆる、人望がないとでもいうか、人の輪の中に入っていけない、人と会うには金がかかる、見ず知らずの人に自分を理解できるはずはない、などなどと思っている人も多いはずだろうし、私もそのうちの一人である。

物的に、金銭的に、まずなんとか問題がないならば、ボランティアなどやセレブパーティーだろうが、参加はできるだろうし、そうすることで友人もできるかもしれないだろう。

しかし、逆はどうだ。ボランティア精神はあっても、物的に、金銭的に問題がある場合は、まったくもって人とせっしなさいは、「コンビニの店員さん」「スーパーのレジのお母さん」くらいしかないはずだ。

それでも生きていることにはなっているのだろう。人と接点を持っていることになるんだろう。

思い起こせば、大学入学後、自分でもそうしようと思っていたのではあるが、花開くはずだった私の大学時代、いや、青春時代、人と人と様々かかわり、いろいろな縁が開けたはずだった。
入学直後、兄が死んで、それは無に落ちたとしか言いようがなくなった。

人と会うことが怖い。大学でも何か人々は浮かれている。私は喧騒の中の一人の立ち尽くすことしかできない存在だった。

人生の指南をしてくれるもの(師匠)との出会いはまったくなかった。
もしあったとしても、私には、無から脱却する術を述べてくれる人物はいなかった。
それ以外の、大学時代、モデルもしたかったとか、アルバイトに精を出してみたかったとか、そういう導きはあったかもしれない。

師匠はいない。天の言霊かと思われることは、狐が話しているのではないかと聞くことができない。どれが直感なのか分からない。自分で自分を慰めるための言葉を頭で浮かべて、なんとか生きてきたのかもしれない。
だから、そんなありかたの自分には霊感はないといいたい。

よくある「霊能者」の自己紹介にあるような「幼少より霊をよく見ていて・・・自分はこの世界で生きるのだと決めた」というようなことはまったくない。

社会と自分との接点に絶望したとき、人は引きこもる。
自分の内面と過去との格闘をはじめる。

そこに神との対話と軽々しくいうようなことはなかなか起こらない。

神が「汝生きよ」と言うときは、嘘ではないかと思う。

もし霊能があるのならば、それは「雰囲気」で感知するものではないかと思う。

哲学、指圧、この二つがこれまでの人生の俺のキーワードだった。

実業にもよらず、学問的な成果から社会的な結果を導き出せないこれらのもの。

哲学自体は人の死を避けよとはいえない。人の死を受けよという。
指圧は人の死を避けることはできない。病も治せない。一時、命が回復したようにするだけしか能がない。

どちらも、社会性に乏しく、金銭、物質から隔絶している。

望まなければ必要なものはすべて与えられる という。
それに感謝をするのだ、と更に言う。

哲学、指圧ともに「無」の共同体に属する。

何もない。

何も望めない。

私は何を望むのか。父母の命が天寿をまっとうできるよう。祖先の供養もしっかりとやりたい。嫁や生まれてきたい子供を不自由なく十分養ってゆきたい。借り物の家はもう嫌で、自分の家を持ちたい。仕事を持ちたい。

これらを望まなければ、得られるのだろうか。

このなかに、仕事を持ちたいという望みが入り込んでいる。仕事を望みすぎるから仕事が与えられないのだろうか。

年収八百万円は望みたい。
望まなければ与えられるのだろうか。

無であれば、人から頻繁に連絡が来て、人から仕事の話が来て、いずれは年収に困らないようになるのだろうか。

私は、体力的には自信があまりない。幼少のとき、しょう紅熱を出して、入院し、家は洗浄消毒されたという。雪国生まれであるくせに、寒さに弱く、小学生のころは、毎月一度熱を出して学校を休んでいた。中学時代は、ガリガリにやせていて、虚弱体質だった。受験勉強を必死でやってーそのときから既に俺は勉強で一番をとらなければならないんだと思わされていたー高校に入り、ガリガリの自分に嫌気が差して、バーベルセットを買いたく、新聞配達と学校とバスケットをやり一日三時間睡眠をしていたら、急性腎盂腎炎になって、高熱を出して、すべてとまった。手元のわずかのお金で、バーベルセットを買って、少しずつ健康になってきた。力と筋肉がついたのは楽しかった。大学ではボディビルをやろうと決心していたが、兄の死によって、ウツと人が怖くなって、予定的積極性が沈うつ的消極性に入れ替わってしまった。
ボディビルもバイトも恋愛も、何も望まなくなった。彼女や学校は存在していたが、それは「無」において何も望まなくなったからなのだろうか。大学時代「モデル事務所を紹介しようか」と言われたことがあった。本当なら喜んで紹介してもらうべきだったのに、沈うつ的消極に落ち込まされていた私は、バカなことにこれを断ってしまうのだ。これは本当に後悔だった。しかし、それはチャンスなのに、チャンスを取れなかった精神状態が最悪だったのだ。本当に最悪だったのだ。その最悪のまま、無に直面することもなく、いや直面していて、人と会えない自分は、学問に解決と人生の師匠と自分が生きられる場所を探してきた。モデルをやはりやりたいのだと悩み悩んで写真を送ったこともあった。全部帰ってきた。そんなこと、もはや過去のことである。どこか自分が活躍できる場所というのは、高校時代からやりたいと思っていたモデルだったのかもしれない。その一縷の希望すら絶望に叩き落されたことが兄貴の死によるのだ。

今の自分は自分のカルマが作ったという話は、寛容に考えてみても、当然とはいえるだろう。しかし、「双子の兄の死はなぜ私に起こったのか」という問いに対しては、
「ハイ、それはカルマだねぇ」などという軽々しい紋切り型の言葉なんかで言われたくはない。人とのつながりをたくさん持っておきなさい、友達をたくさん持っておきなさいなども当たり前だ。そのためには、自分の素をー沈うつ的消極性である私ーどのようにしたら友達ができるというのだ?そんなことは言われなくても分かっている。
俺には兄弟がいない。父母もいなくなれば、親戚とも縁遠い俺には、何を持っても頼るものはない。

「双子の兄の死がなぜ私に起こったのか」という問いに対して、
カルマならどんなカルマや因果応報があるのか、
友達を作るならどんな場所に行くことがいいのか。
仕事ならばどんな仕事が人との縁も増えつつ、人類みな兄弟のようにあれるのか。
そして、そのまま死ねるのか。

二十年前の問いに対して、いまだ、今を持ってしても、今まで考えてきて、実行してきたことですら、解決の材料にもなっていないし、解決はしていない。
一月三日になった

そろそろ怨念、欲望の天空をうずめく邪心が跋扈し始めてきたようだ。

哲学科を断念して、指圧マッサージに流れた

テレビを見ていて、大学の先生になりたい、、、と昔の記憶がよみがえった。

大学院進学を、通信も含めて考えてみた

大学院博士課程でて、大学に職を求められるのか考えてみた。

博士課程を出ても、大学職に(講師・准教授、教授)になるには少子化のために門はかなり狭くなっており、ようようにつけないらしい。くやしいがあきらめるしかないのか。

通信なら、宗教性がつよい、武蔵野美術大学の通信大学院がある。ここは人間学としてあげている。これは医療者などを対象としているようで、指圧マッサージであれば、可能性はあるだろう。

純粋に哲学大学院としては、東洋大学大学院、日本大学など通信制をおいている。

嫁が「早く仕事に・・・・」と切れてしまった。
何か慰めるようにと思っても何もできないので、ワイパックスを飲んでしまった。。。↓

哲学など学問なんかやらずに仕事に就け
学問なんかに浮気をするな


そういわれているような気がした。

もともと考え思い起こしてみれば、大学そのものも、いく必要はないという親の意見だったのだ。それを学問がしたいという理由で無理をさせてもらい進学した。

その後兄が事故で死に、突発的にノイローゼとウツとひきこもりになった。

強制的に学問へ投げ出されたというべきか。

学問をしたいという理由で大学に来た本当の目的は果たされていると考えるべきなのか、そうではないのか。無理して余裕をかまして言えば、

「学問をしたいという希望は十分すぎるほど果たされているといえる」
学問で解決できるものとしては、いくつかあったが、それは神との邂逅にあるという考え。
否定はまったくしない。

神の元にある私として、「ここまで、落ち込んでしまった人生でいいのか?」と悔恨の情は十分すぎるほどのエネルギーとしてある。非常にうらめしい。非常にくやしい。のである。

学問的な話をすると、
経済学部、哲学科中退、指圧マッサージ として包括することのできる学問を学べば、哲学も宗教性も含まれているところでは可能だろう。

しかし、現実の上のことをやっていて、「仕事」「金」になるのか、という問題はどうなのだろうか。別なのだろうか。

過去あきらめた、捻じ曲げられた空間の「学問」について今夜は問いつくそうと思ってはまだいる。

指圧 ][指圧マッサージの肉体疲労
哲学 ][→万学の才女
経済 ][経営、管理、人事、労務

指圧を最高点にもってきて、大学院を出て、医療的理念や医療倫理などを学ぶことや考えることはすばらしいことだ。しかし、もどってくるのは、「指圧マッサージ」の特有の疲労感であり、美容師、風俗店と同じく、客商売であり、指圧性の理念や哲学があって、それが年収八百万になることはあるのか、という現実解離性が存在している。

嫁を養い
家を買い
父母を養い
子供を養育する

これができるためには、そういう仕事につかなければならない。
これまでの、仕事には、仕事に就けたご縁は感謝するし、その時は年収に満足していた。指圧師時代の二倍の給与だからだ。貯金も毎月八万円していた。すぐ五十万なんかたまった。バイクも買えた。結婚してからだ、家賃が高くなり、嫁様は仕事をやめ、俺はステップアップしたつもりでも、パワハラにあい、あえなく退社。
その後の2年の仕事を経て、「死んだほうがいいのか」と会社内の孤独さ、孤立性が高い仕事に就かされて、ウツになり、退職し、○協では、親父の印鑑証明や、卒業証明書まで借り出されて、三ヶ月で首になる。

確かに、仕事のご縁には感謝している。神の力も働いたと思う。

しかし、俺は不満足だった。給与、待遇、大学を出ているものとしての扱いがまったくないこと、俺がやめるときに入ってきた人は、大卒であったが、医療事務をしていた人間だった。彼女も程なくたぶんやめただろう。そして、「看護師をおいてくれ」という大学病院の要請。下請けはこんなものだ。こんな扱いしか受けないのだ。

大学を出て、医療の学校に行くということは、俺は「かなり高いやる気で医療に取り組みたい人間」だと主張したい。

数々ある医療関係の専門学校に、目的として、教える職を求めるのであるとすれば、
武蔵野大学の通信大学院に修士となり、各専門学校に教職希望で売り込むことになる。社会受けするように進めてゆくほうが良いのだろう。

ただ、上記過程を遂行するためには、「学資の捻出」はおろか、「嫁の養い」「父母の養い」「子供の養育」を確実に、まちがいなく、得られる職場につとめなければならない。

俺には目的のためには、手段を選ばず、ご機嫌もとる面があると嫁がいっていた。
それを使って、面接に受かって来い、という。
そんなしたたかさがあるのなら、受かるだろう、という話だ。

以前、あなたの性格はなどという就職の質問で「よく考えてから行動する」
と答えたら、落とされた経験があった。

これにあわせて今まで、まず行動するを実践してきたつもりだが、
それが正しかったとはいえないことに気がついた。

「よく考えてから実践する」
の何が悪いのか私には分からなかった。

会社、社会が「よく考えないで実践ばかりする」人を求めているはずもない。

それにあわせてきて、ペースが狂ってしまってきたと言うしかない。ここで既に「迎合して」来たのだ。

相手に合わせてばかりはもうやめ

自分のマイペースで行こう。

八百万の神(やおよろずのかみ)

そう決めました。

神社で厄除祓をうけた

厄年でもある

今までこういうのは受けたことがなかったので
非常に有り難かった.

頑張ろうで曇る心かな
腹が痛くトイレ三昧…

仕事探しがまたゼロから…もう焦る

マイペースで行きたいのだが

死ぬに死ねなくなってしまった

生きるしかないのだな

夢…

スズキの100CCスクーターの後ろに死んだ兄貴のスクーターをロープで引っ張っている.

と思っていると兄貴のスクーターは動いていて、隣に並んで走っている!

俺は守られているんだね。兄貴ありがとう。そう思った.

腹が痛く吐き気がしている.
普段食べ慣れないものを食べ飲むので当然だ…

今年は…夢が叶うように…
いやはや無理矢理起こされて気分悪い。

来年は『認められる』年になりたいものだ

ホントに今年はよく生きましたね

自分を褒めてあげたい

頑張ったな

頑張ったな

頑張ったな

お天道様はきちんと評価してくれている

今から嫁の実家にいかなければならない

ストレスだ

あー

腹も下すだろうなあ

何が楽しいのやら

クリスマス操作の後は新年操作 直ぐにバレンタイン操作だしなあ

古来の日本がいいなあ

昨日はニリットル酒買って飲んでしまった…

なんか辛いわ

誰か俺はよくやっていると褒めてくれ
嫁様と話ができた。

理解してくれる人なんだと思った。

くそー不景気起こしたやつ

呪われるが良い。


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19で双子の片割れとなる。不惑にてまだ迷い、
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