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~神への帰依の模様を日常からの問答から導き出します~
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酒は不安物質とのことで、起床してから2時間ほど身体が寒気を感じていた。
シャワーを浴びて、水を大量に飲み、ワイパクスも飲んだら、気分が良くなった。
それでも全快とはいっていない。
不安感が蔓延している。
酒が体に残っているのだろうか。

不安感の根本的なところでは、
そこが意思の決断、あるいは生命の存在の領域だとしたら、
その懐疑がまだあるようである。

月曜から仕事が始まるのだが、それにたいする不安感。
人として当然のことだと思う。知らない人々、まだ良くわからない業務、コミュニケーションの関係性など、そして体力の面である。不安を不安として感じているので、打開策はあるのだろうが、

いかんせん 不安である。
酒を飲むとこうなのもだったか・・過去を振り返ってみても、
今ほど酒に操られていることもないような気もする。
酒は飲んでも飲まれるな ・・・

はて、今日やらなければならないことは、健康診断の結果を受け取ることなのだが、土曜日にしようかと思う。あせることもないが、あせっている自分があるのも否定できない。

焦るな 気楽にいけ 

仕事に就いたのはいいが、うまく行かなかったらどうするか。
うまく行くようにしたいものだが、こればかりは蓋を開けてみないとわからない。

とにかく体調管理。

ビタミン剤を買い、疲労回復用にポポンSなど購入しておく必要もあるのかもしれない。

身体に染み込ませるのは何も疲労感や不安感ばかりでなく、身体によいものであってもよいのである。
まだ外に行く気分にならない。
気分で行動できるのは後三日間。

空腹で胃がしくしくしているのも
そんなことが影響しているのかもしれない。
早く蓋を開けて、給与日に給与を得たいものである。



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昨夜は友人が就職祝いということで、飲みに出かけた。
午後3時から午後10時半までとは飲みすぎだろう。
それは楽しかった。
満足している。

体力が落ちていることが良くわかった。それが分かったことも満足している。
しかし、ここニ、三日でどうにかなるものではない。
身体がガタきているのか、耐性ができていないようで、
今日みたいな寒い日は、寒気がしたりする。

とりあえず、入社ニ、三ヶ月は、「ハイ。笑顔」で行くようにとのアドバイスまでもらった。
夜中の十二時に家に帰り、ワインを結構飲んでいたので、目も充血し、歯もワインカラーになってしまっていたが、明日起きなければ、という気持ちでさっさと寝に就いた。
しかし、布団がやたら暑く、寝苦しく十分な睡眠は取れなかった。

そして、やってしまった。
六時半起きずに、10時半までうだうだと寝ていた。

実践練習としては失敗だ。
酒も飲めないみたいだし、体力も低下に歯止めをつけなければならない。
しかし、唯一、負の感情を変えてくれることがある。

午後3時から8時間近くも飲み続けていて、
朝6時に起きようとする気概である。

これがある限りなんとかなるようなきがしている。



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今の時刻は午前七時三十四分

そろそろ出かける時間のはずである。
でかける代わりにブログを書いている。

しかも雨が降っている。
気分は・・・・というとなかなか晴れるものじゃない。

残業が、とよく言われるが、こんな時間に出勤して、午後9時だとかに帰宅の人もいるんだろう。それが毎日の人もいるはずだ。

正直、冗談じゃないと思う。
自分で事業を起こしている責任者ならそれくらいはありだろうが、
吉兆のように従業員が社長の偽装工作の指示にしたがわないとクビだとか、
とにかく従業員、社員は社長の思念に従わなければならない。

つまりは何が言いたいのか、
残業をするのは責任者として
従業員は定時に帰る事

これが基本だということだ。
定時に帰っても、12時間たった午後7時半頃に家に着くわけだ。
通勤、仕事、帰宅 これだけで12時間は十分な労働時間だろう。

なぜ残業して、年俸だから残業代が出ないとか、能力給与だからでないとか、
そんなことがまかり通るのか。
社長が他にもたくさんほしいだけである。

「自分株式会社として働け」

など最近は言われる。
ならば、自分社長ならば、定時に帰る 定時までに帰る仕事に組み替え合理化する
のが俺の考えだ。

自分が社長になったとしても自分は定時に帰る。
それでこそ利益の価値があるものだ。

そしてフィットネスクラブに行き、自分を磨く時間に残りを割く

これが今の理想でもある。
しかし雨だと寒いものですね
なかなか昨日の疲れが取れない。
先ほどまで寝ていたのだが、睡眠薬を摂って、眠りに就いたのが何時だか覚えていない。今日は会社に年俸の件で連絡をしないとならなかったが、それができずに向こうから電話がかかってきた。

不安だ。

体力的に半年以上の勤務についてのブランクがある。通勤が厳しいが慣れるまでふんばれるか。
また所属部の勤務状態はどうなのか。
土日は休みなのか、仕事はどのようになっていくのか。自分で先導していかなければならないのか(リーダー職ではないのでそれではないと思っているが)、残業などの多さ、

突き詰めてゆくところ、体力なのだ。
大学を出てから勤続して不惑まで働いている友人はこういう。
「サラリーマンは忍耐料として給与をもらっているのだ」
体力の限界を昨日は感じてしまった。
だるさも、習慣化されてゆけば少しは抵抗力もつくのだろうか。

非情に不甲斐ないものである。
事業を起こしたいとも考えているが、
今のところ、当てとなることも人もない。
事業計画とも浮かびつかない。

キリンのアミノサプリというドリンクを飲んだ。
そして寝たところ少し回復したような気がしたのだが、
コーヒーを飲みすぎる依存傾向は少し改善しなければならないだろう。

職に就くということは、ここまで不調になるとは思いもしない。
果たして俺はどこまで持つのだろうか。
不惑での就業は奇跡的なのだろうから、
次はないと考えている。

それも空想の産物で事実はどうなのだろう。
空想で事を進めてゆくことができない。
希望でなければならないようだ。

特に希望もない。これだから鬱ということになるのだろう。
書類などの整理が進まない。
気力がない。

さて、体力のことだけですめばよいのだが・・・・



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早速今日、入職の説明を受けてきた。人材紹介会社経由のため、ややこしい。
書類を一通りもらい、帰宅する前に、ハロワークへ行った。これが遠い。
通勤そのものが遠い感じなのだが、遠回りは更に遠く感じる。
就職が決まったことをつげたら、残りの分が約7万あったらしく、それを振り込まれることになった。
定期代が6ヵ月で10万オーバー、健康診断、保証人の件などこの数日でやらなければならないことが目白押しだ。

しかし、これが会社員になるという洗礼でもあり、世のほとんどの人がこういったことを経た経緯を持っているわけだ。
俺も転職は何度かしたが、やはりその都度書類などの手続きをしてきたが、
今回はかなりしんどい。

ウツが完治しているのかどうかというところもあるが、ある意味強制的に働くことになってしまったから、自然治癒+投薬が今現在どうなのか、不明でもある。

明日は明日の風に聞け

今日できることは精一杯やった。
手続き、ハロワ、満足している。
給与の額は平均というところなんだろう。
しかし、この給与額で家を建てたり、子供を育てたりしている人は、
ある意味冒険者なのかもしれない。
旦那の小遣いやら、部下と会食、
たまには競馬なんかもしたい人もいるだろうし、
器用とは、節約器用のことをいうのか、
俺はまだ大きなカネにしがみついているが・・

俺も住宅ローンや子供などについては、世間一般のその波にのらなければならないのかもしれないが、今は通勤地獄を鳴らすことで頭が一杯だ。

今日はビールを飲むか悩んでいるが、
明日健康診断をうけるのだとすれば飲まないのが通常だ。

まあ昨年末会社検診受けていないから、
これで代わりとするか。
と考えたら、気が楽になった。


明日は明日の風まかせ
電話に出たくないときは一切でない。
実は話すのも億劫なくらい疲れているのだ。
体力と慣れと歳は相関関係にありそうだ。



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仕事が決まってしまった・・・というか決まった。
喜ぶべき事柄であるだろう。が、現実というものは、空騒ぎとは背反しているもので、
毎日の往復2時間通勤が週に5日も行われることが決まるのだ。
新しい人との出会いなどと新入社員が入社する時期にはあれだけさわぐことから期待感を高めて、恋や素敵な上司などを望ませる。
しかし、これらは私にとっては無縁である。
カネのために仕事をするのであるから。
それでも人との出会いというのは存在しているのであって、因果関係とか因縁とか縁とか呼ばれている。
縁というのは断っても断る縁であり、結ばれるものばかりが縁とはいわないのである。

いつもの言葉を書いておこうか。

仕事が決まった組織的人の連携のしくみに自分が当てはめられたことに満足する。
自身の経歴でも仕事を任せたいと思われた過去の自分の懸命さに満足する。
パワハラ、モラハラがあると言う予備知識が与えられていることに満足する。
父・母が年老いてきていることから帰郷も考え始めている自分に満足する。
仕事に忙殺されずに、自分で始められる事業をしたいと思っている意思に満足する。
仕事+自分の仕事の開拓という目標が存在することに満足する。
祝いの酒は先日行われ、今は行われないことに満足する。

明日はその会社に説明を受けに行くことになっている。
同時にハロワークに内定報告をし、残りの失業手当が受給できるか確認しなければならない。いや、受給できないと困る。
一ヶ月無収入になるのだから、支給されてしかるべきなのだが・・・

不惑間際で仕事が決まるのも奇跡なのだろう。
団塊の世代がいなくなることで欠けることがらもあるのだろう。
一応胸を張って団体職員です、ということができることには社会的信用も得られていることとあわせてその組織知名度に満足する。

しかし、時間は移ろいでゆき、人は死に至ってゆく。
その中でこの会社に何年いて、自分は会社外で会社を作ることを考えている。
しかも、田舎にだ。父母が年老いてきていることに私自身が兄がいない分、
責任を負っている。

好き勝手やってきたといわれても仕方がない。
本当に好きであったことをしてきたのか分からない。
しなければ死んでしまうだろう事柄をしてきたに過ぎない。
会社に大学を出てからすぐ働く人たちとは異なる時間推移を経ている私には、
切れ目やつなぎ目は存在していない。
すべては連続性である。

できれば純粋な連続性であってほしいと願う。
これで没落から脱出できたと喜ぶほど、没落の原因は柔らかくない。
むしろ没しているのである。

没する生活が本当の意味で始まるのだ。カネと引き換えに人生を毎月きり売りして行く生活の派手やかさはありようもない。



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現役では三流大学しか合格できなかった俺は、浪人の身となって、当初の目的とは違う形で東京の予備校の寮に入ることになる。三畳一間でエアコンは10時に切れるというような中、朝も早くから夜遅くまで良く学べた。

予備校は受験に合格するためのことだけを教えてくれるので、安心して記憶でき、問題を解くことができた。田舎の「出るのかでないのか分からないような」曖昧な知識や古い傾向などを教えてくるのと訳が違った。高校一年生から予備校が高校だったら東大にでもいけたはずだなんて軽率にも考えていた。

受験当日に熱を出したりする以外は、大学へ進学も決まり、父が決めた大崎の四畳半に住むことになり、まったく道も人もわからない本当のスタートが始まる。一年間筋トレは我慢していたから、大学に入ったら思いっきりやるぞ。バイクに乗って日本一周してやる。オンナ三昧だ。モデルのバイトをしてやるぞ。バイトして社会経験積んで生きたい。何か率先してやれることをやりたい。と意気揚々な俺は、地味にも、入学式まで、新大久保のタチンボと呼ばれる日雇いに立っていた。しかし、予備校仲間と一緒に日雇い仕事をしていたのとは違い、一人であそこにたっていても、誰も声をかけてこなかったので、そのまま帰ってきたことばかりだった。そこで、入学するまで、0123アート引越しセンターで引越しのアルバイトをすることにした。六日間で六万円近くの金になる。まずは電話を引くことだと、当時電話回線を引くのに基本金72000円が必要だったのだが、この片付けをしようと考えていたのだ。
兄と最期の面会は、母が俺の一人暮らしのために家電製品を買いに東京まで来てくれて、その時に兄を呼んで、部屋に来てもらったのがそれになってしまった。その写真は遺影になった。

俺が大学の新入生歓迎ツアーなるものに参加して、学ぶものを登録し、授業を受け初めて二週間目くらいだった。五月の連休がやってきた。S大学は附属高校からの進学者が半数近くおり、連休は「海外」に行くのが常らしく、そんなことを聞いた俺は、拍子抜けしていたものだ。自分は連休は帰省せず、東京にいてフランス語やなにやら忙しく過ごしていたのだが、当時は身体を鍛えるということを進めるために、毎日四kほど走っていた。連休があけ、七日になって大学に行こうとすると、なぜか七時四十分くらいで目が突発的に覚めた。アラームはセットしていない。「なんだろうか」と思ってまた寝たのだが、学校に行く時間になって、髪の毛をセットしようとしても何か、逆立ってしまってセットが効かない。しかたなしに、そのまま学校へ行き、夜帰ってくると、下に住んでいる大家からのメッセージがおいてあった。

「お兄さんが亡くなったという連絡がありました。すぐ電話してくださいとのことです」

19歳で受験勉強ばかりしてきた人間が、お家の不幸といわれても何もわからない。
何かもしかしたら・・・・は思うがその先が思いつかない。
電話をしてみることにした。

「兄貴が・・・・」という俺に対し、
父は
「そういうことだ。帰って来い」
それだけいって電話は切られた。

今すぐ帰らなければならない。冷静になっても、今考えても生きているはずだと思うのだが、あれは生きているのか死んでいるのか自分の目で確証したい、という衝動なんだと思う。大家から二万円かりてその日の夜の寝台列車で帰省しなければならなくなった。
その時の、大崎駅での俺の呆然とした思考状態は今でも覚えている。何もないのだ。
不安と安心したいという気持ちと、疑念と、いたずらだろうという考え、それらがすべて混交してあたまが動かなくなっている。一点先を見つめてリュックサックを背負って夜遅い電車を待っていたあの思考状態は、今抱えている無の観念とそっくりなのである。




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高校二年のとき、兄がタバコの件で退学にさせられてから、当然ながら俺は一人で学校というものに対峙しなければならなくなった。双子の兄弟の一部の俺というのではなく、俺個人の個人性として学校に対してスタンスを決めておかなければならなかったのだ。兄の友人との兼ね合い、先生達からの見られる俺または俺が代表として俺の家を現していること。兄貴がいなくなった自身の家での状況、兄はいなくとも自分の将来、大学進学が田舎を出る手立てとなっている以上、失敗はできないという緊張感。これらは一つの大きなストレスになっていた。言葉も乱暴的になり、家の中でも父母とは話しをほとんどしない。帰ってきて勉強しなくては!と囚われてしまっている俺に父は「ただいまもいわないのか」と2時間説教されたりしたが、そのときですら、「勉強時間がなくなる」と思っていた。家庭内バランスは如実に変わっていた。この時点で、そんな中、彼女やオンナをつくることなど考える余地はなかった。

もう一つ大きな問題があった。日常的に行く学校が信用できないのだ。とにかく日本で最低ランクの進学率だったため、進学クラスとはいっても、進学校としての授業などしないのである。まったり、のんびり、緊張感のない授業。それは先生に熱意がなかったのかもしれない。ないのは先生の都合だから良いが、受験に出る英熟語や構文、国語の問題の解き方など、そんなのは自分でやれ的な授業と名のうった時間の放置だった。
学校の授業はムダと割り切り、信頼できる参考書、問題集を片っ端から調べて、書店で注文していた。小遣いは毎月3000円もらっていたが、すべてというには少なすぎる額の小遣いは参考書を買うためにほとんど使われていた。図書館へ行っては、受験のための問題集をくすねてきたりしてまで「上等な」受験指導をしてもらいたかった。田舎の高校というのは、田舎の大学の教育学部を出た新米先生の教職活動の場として使われる上、演劇に耽溺している国語の先生や、プラトニウム開発や原子力発電所、核のゴミ捨て場などができることに反対声明を掲げる共産党主義の先生がいたり、「大学は国立でないと意味がない」と言い切る先生がいたり有象無象であった。
 そんなことよりも、「授業の内容、質、密度」を上げてくれと俺は思っていた。そこで国語の時間に英語の熟語、世界史の時間に政治経済、倫理をいうように完全に高校の授業を放棄してしまった。とにかく日本の受験生の平均値まで上がらなければ意味がないのだという強迫観念はそれはすごかった。日本で最低ランクの進学率だから、経済的事情もあるためにもともと大学に行きたいという気持ちを持つものが少ないのも分かる。しかし、それにのっとった適当な進学希望者への授業は、受験に対して的を射ていなかった。
 後日談だが、浪人したものは、慶応、明治、などきちんと受かっているのだ。当時は高い学問を学ぶには自分は自ら学ぶというスタンスをとらなければならないと考えていたからだ。
 双子の俺から一人の俺への変換、進学したいのに進学できそうもない授業に一人で立ち向かう事。この圧倒的なストレスに応えようと、家に帰っても勉強を五時間すると決め受験勉強をしていたが、その中で明らかにおかしい行動をとってしまうようになっていた。
髪の毛をくるくる丸めて、ズバっと抜くのだ。

頭を抱えてしまうのではなく、何か問題を解いていてわからないで悶々としているとき、やはり髪の毛をくるくるズバっとひっぱってしまうようになっていた。
 授業中もしているし、家に帰ればまたしているし、気がついて止めても、気付いたらまたやっている。床には、抜かれた髪の毛が無数に散らばっていて、掃除をしたときに、こんなに髪の毛が抜けるのか、と驚いた。
こんなことを親に相談することも念頭になく、友人にも自分の弱みを表現もできず、前進前進とそればかりおもっていても、テスト結果もよくならず、更に落ち込み、毛も抜けて、一時は頭のてっぺんが鳥の巣のように少なく絡まっているようになってしまっていた。
 
 まぎれもない。
 
 ストレスによる事象である。

抜毛症というらしい。相当の緊張感、兄がタバコとケンカで退学し、俺は進学クラスで進学と優秀の振りを演じ続けなければならなかった。タバコなどすうはずも酒を飲むはずもない。夜中まで勉強して、運動をして(このとき俺は自身のひ弱さからウエイトトレーニングをしていた)、朝学校に行く。この連動的なサイクルは、ストレスから生まれストレスを助長し、ストレスの行動を無意識に行わせていた。親は勉強については一切言わない。叱咤激励もしない。だから、自分で決めたことは自分でケリをつける、そういう気構えがストレス障害を悪化させたのだった。

 バスケットボール部も辞め、本当に受験に専念できるように体制自体を整えられたと思って一安心しだしたら、それから髪を伸ばし始めるようになった。17歳にしてストレスと症状を抱え込んだ心はその後どうなっていくのか。



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兄は帰宅し、俺はもとの受験勉強漬けの生活へ戻った。ほんの一点の兄の行動が、一生の思い出になるのは、どんなにつらくても、逝去した人の辛い時に言ってくれた優しい一言だったり、元気付けてくれる勇気の言葉だったりし、美化してしまうものだが、やはり俺も同じく、美化しているらしい。あれは現実として、双子として、因果関係や、争いや戦いなど、また引力などを考えることもない無垢でまだ垢抜けない思考回路しかもっていない者の純粋体験ではあった。なんというのか、清涼剤よりもどちらかというとマヨネーズのような粘りっこさとあっさり加減、味わおうとすればするほど濃厚な印象を持ってしまう食べ物に似ている。

受験になり、俺は世田谷のS大学、目黒にあるMG大学、青山にあるA大学、早稲田にあるW大学など合計七つほど受験した。滑り止めは三校。結果として、S大学、神奈川のK大学、目黒のMG大学に合格したが、S大学受験の時点で風邪を引いてしまうというトラブルに巻き込まれてしまい、S大学の発表をもってそこに行くことに決めてしまった。本命は目黒のMG大学だったし、多摩のC大学、難関W大学であったが、ここも因縁なのかと俺の頭を悩ませる思考の元凶となってしまったのである。
たるんだ精神で、A大学の受験時は、さっさと解答して寝てしまっていたし、W大学では難解で見たこともない漢文に辟易し、実力のなさに落胆しながら、人間としての時間的概念も疲労感も感じないまま、二月、三月を強行突破して行った。ただ、S大学に行く因果関係としては、そこだけ唯一俺が学ぼうと思っていた国際関係学、つまり、世界連合と世界連盟についての英語の問題があったということだ。ここに縁があったとしたらここだけだった。その出会いに満足したのかもしれない。しかし、それをもってしても、続けてやってくるいまだに解けない因果関係の出来事についての精神的圧迫感と神経症的状況は超えられる要素ではなかった。

住む所は既に決まってしまっていた。父の昔世話になった人間の二階を改造して貸し部屋にしてあるトイレ共同、風呂なし、4畳半一間、キッチン付き、一口ガスコンロという部屋であった。何もここまでしなくてもいいのに、と今でも思っている。大学には生協(S大学にはこれがないため、生活に苦労する)や厚生部があり、大学近くのアパートを斡旋してくれているのであるが、費用がかかるとか思ったのだろうか、父の威厳として捕らえておこう、アパートの手配をしてしまっていた。その住まいはS大学まで1時間かかる山手線大崎駅徒歩15分という、普通は住まないだろうというようなところである。東京なら電車を使えばどこでもいけると父は考えていたんだと思う。しかし、現実は駅から遠いし、大学までも遠いし、混んでいるしで最悪の場所だと思っている。今でも。

今でこそ大崎駅は再開発されていていろいろとあるが、当時は銀行とラーメン屋とスーパーとゲームセンターしかなかった。SONYが近くにあるとか、一部上場企業があったりして、それなりの場所ではあったが、不便ではあった。
しかし、そこが俺の生活の第一歩となるはずであった。




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今日は午前中は耳鼻科、午後は外食と満足した一日でした。

特に、青龍門新宿の入り口は、びびってしまった。「当店のお店の名前をおっしゃってください」「せーりゅーもーん」 ゴーンΩ\ζ°) ギギギキと扉が開きます。入るとお化け屋敷のようにくらいです。 外人の子連れの親は子供を慰めていました。
ここはトイレも有名です。男子はでかい唇のなかに少々・・・・・すると、ゆれるんですねーでかい唇が。。。もらしそう、、、と思っているところに、パシャパシャと光と音が・・・・汗 だれだ写真取ってるの!と思ってふと見上げたら、カメラがついていて横漏らしをとられてしまいました(フイルムはないみたいですし、後でお買い上げもないみたいです笑)
ちょっと横揺れしすぎよーΣ(lvl;彡


ちょっと今日食べたもの全部あげて見ましょう。
台湾ビール2
( ̄ェ ̄)ウローンハイ
マンゴージュース
東方美人
空心菜の炒め
酢豚
紋甲イカのガーリック炒め
海老のマヨネーズ炒め
大根餅
手作り焼餃子
小籠包 
蟹入りおこわ
担仔麺
湯米粉
揚げ出したまご豆腐台湾風

これくらいですかね。結構食べましたね。四人前くらいですよね。。
途中からお腹が一杯になってしまいました。
もう年なのね・・ガツガツ食べる年頃は卒業ですかね。
結構食べましたかね~
ビールは2本だけなので、安く食べる食べ方ではありますけど、
それでは寸評をば。。。

●酢豚は、外がカリカリしていて中はジューシーの(゚Д゚ )ウマー
●紋甲イカのガーリック炒めは激うまです。(゚Д゚ )ウマー辛味と熱みとプリリとしたイカの台湾って感じを受ける一品でした。
●カニおこわは、カニのエグミがご飯に絡んでいます。こりゃカニご飯やーって感じです。もちろん蟹も付いて来ます。蟹から食べるとおこわの風味が味わえないかもです。
●小籠包は、ちょっとぬるくなってしまっていたのですが、肉汁じゅわーで、( ゚ρ゚ )アゥー
個人的には、これは横浜のほうがうまいです。せいちんろうとか・・
●海老のマヨネーズ炒め は、プリッッップリッッの厳選したブラックタイガーですかね、ぷりぷりかんとマヨネーズは、あれはマヨではない別のトロミあんになっていて、マヨ風味はまったくなく、マヨ独自の味なんてまったくしません。ものすごくさっぱりしています。プリプリだけたのしみたいのなら、別の海老商品を頼みましょう。たこやきのマヨとはまったく感性が異なる新次元を味わえました。
●手作り餃子はですね、かなり数があります。100円ショップやスーパーの冷凍食品餃子を食べている方!餃子の本物の味を思い出しに食べてみてください。具ってこんなにあるんですよー、味はこんなに芳醇なのですよーと思い出すでしょう(  ̄ー ̄)

料理がおいしいと、お酒は進まなくなり腹が一杯になってお会計・・・・
9180円 ギャ
ぐるなびの割引千円で8180円 これでもギャア

東京新宿にあり、かつ都内に数店舗の支店をもっている高級台湾料理屋の雰囲気の割には、休めの値段設定ですね。でも、台湾だとこれの1/8くらいの値段なんだろうなーと思い、台湾に嫁と行くことに決めました(  ̄ー ̄)
こんな食事が毎日続くときっと飽きると思うというか、舌が肥えるでしょうし、下腹も肥えるでしょう。でも、飽きるくらいやらないときがすまないので、飽きるほど食いたいです。

新宿はやはり変な街でした。あまり用事以外近づきたくないですけど、
職場が新宿なので、その慣れという意味もありました。
以外と千葉の田舎からでも1時間+αでいけるのは前向き?

コンタクトレンズ長時間久々につけたら、目がしばしばして辛い。
いろいろと出ますよね。課題が。。。
今日は、うまいと思える店に満足した。
美味いと感じる味覚に満足した。
一品一品の個性を感じられる自分の舌に満足した。
新宿のあぶなさは東洋一のアジア繁華街と思った観念に満足した。
これでバンコクや台湾はいけるでしょうと気楽な心に満足した。
今日一日という日に満足した。

紋甲イカのガーリック炒めを 「こ-もんいか」と言っても、イケメン店員さんも嫁様もスルーライフでした(;・∀・)ハッ?そんな人々の心の優しさに満足した。

(絶望先生の真似ではありません)
存在に満足する。
「あることに満足する」
希望があることに満足する。
緑が美しいと感じる心に満足する。
花が綺麗だと感じる心に満足する。
自分にも働かずして月収五十万円得たいという目的があることに満足する。


あることとは「存在」であり、無ではないことである。
また無があることに満足する。

ブログという表現手段を私が得ていることに満足する。
読んでくれている方々がいることに満足する。

そうして「ある」事に満足している自分の精神領域に満足する。
そうしていけば、

すべては「満足」の自分に成り代わることができる。

感謝ではない。
自分自身の満足が大事である。
あることに満足するのである。

みなさんもやってみてください。


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性別:
男性
職業:
迷いや
自己紹介:
19で双子の片割れとなる。不惑にてまだ迷い、
冥界と現実世界を行き来し、いまだに形とならない創造力が俺を圧迫して、不安にさせている。誰からの許可が要るのだろうか。
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