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~神への帰依の模様を日常からの問答から導き出します~
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面白い。彼に「書を捨てよ・町へ出よう」といったところで、

これがなくなるのは文化的損失だ。


「自らの体験から学ぼうとするのは愚であり、
 偉人から学ぼうとするのは利口である」

俺は今これを思いついた。

今まで散々書いてきたプログ記事は、

ほとんどすべて「吐露」あるいは「自らの体験から学ぼうとする」ものであった。

理性主義や、左脳偏重などの批判も実質的に私には過去存在した。

偉人から学びとらなければならない。

社会変調、飢餓の流れになってきている。

いや、まさしく飢餓の流れになってきている。

根本的な問題だ。衣食住が損なわれる中で特にダメージが大きいのが、

食だ。それは飢餓だ。

古来、百姓一揆や大塩平八郎の乱(天保7年(1836年)までの天保の大飢饉により、各地で百姓一揆が多発していた。)に基づく、支配層への争いが、島原の乱(1636年-1637年)以来、200年ぶりの合戦であったとされている(wikipedia)

乱は、体制への反乱であり、以下のようであったらしい。

経緯

前年の天保7年(1836年)までの天保の大飢饉により、各地で百姓一揆が多発していた。

大坂でも米不足が起こり、大坂東町奉行の元与力であり陽明学者でもある大塩(この頃は養子の格之助に家督を譲って隠居していた)は、奉行所に対して民衆の救援を提言したが拒否され、仕方なく自らの蔵書数万冊を全て売却し、得た資金を持って救済に当たっていた。しかしこれをも奉行所は「売名行為」と看做していた。

そのような世情であるにも関わらず、大坂町奉行の跡部良弼(老中・水野忠邦の実弟)は大坂の窮状を省みずに、豪商の北風家から購入した米を新将軍 徳川家慶就任の儀式のため江戸へ廻送していた。

このような情勢の下、利を求めて更に米の買い占めを図っていた豪商に対し、平八郎らの怒りも募り、武装蜂起に備えて家財を売却し、家族を離縁した上で、大砲などの火器や焙烙玉(爆薬)を整えた。一揆の際の制圧のためとして私塾の師弟に軍事訓練を施し、豪商らに対して天誅を加えるべしと自らの門下生と近郷の農民に檄文を回し、金一朱と交換できる施行札を大坂市中と近在の村に配布し、決起の檄文で参加を呼びかけた。

一方で大坂町奉行所の不正、役人の汚職などを訴える手紙を書き上げ、これを江戸の幕閣に送っていた。決起の日を、新任の西町奉行堀利堅が、東町奉行の跡部に挨拶に来る二月十九日と決め、同日に両者を爆薬で襲撃、爆死させる計画を立てた。

[編集] 決起

ところが決起直前の当日になって、内通離反者が出てしまい、計画は奉行所に察知されてしまった。跡部を爆死させる計画は頓挫し、完全な準備の整わぬままに2月19日(西暦換算で同年3月25日)の朝、自らの屋敷に火をかけ決起した。

現在の大阪市北区天満橋の大塩邸から難波橋を渡り、北船場で鴻池屋などの豪商を襲い、近郷の農民と引っ張り込まれた大坂町民とで総勢300人ほどの勢力となり、「救民」の旗を掲げて船場の豪商家に大砲や火矢を放ったが、いたずらに火災(大塩焼け)が大きくなるばかりで、奉行所の兵に半日で鎮圧されてしまった。

大塩は養子・格之助と共におよそ40日余り、大坂近郊各所に潜伏した。せめて先に江戸に送った告発文が幕府に届くことを期待したのである。だが告発文は箱根の関所で発見され、押収されてしまう。

失意のまま大坂に舞い戻った大塩は、美吉屋五郎兵衛の店(靱油掛町)に匿われたが、出入りする奉公人によって、大坂城代土井利位(古河藩主)に通報され、土井とその家老鷹見泉石らの率いる探索方に包囲された末、火薬を使って自決した。遺体は顔の判別も不可能な状態であったと伝わる。

[編集] 事後

大塩の挙兵は失敗に終わったものの、幕府の役人だった大塩が反乱を起こしたことは、江戸幕府の要人達に、また幕政に不満を持つ民衆達に大きな衝撃を与えた。この乱後に全国で同様の乱が頻発し、その首謀者達は「大塩門弟」、「大塩残党」などと称していた。最期の状況から「大塩はまだ生きている」「海外に逃亡した」という風説が流れた。身の危険を案じた大坂町奉行が市中巡察を中止したり、また同年アメリカ合衆国のモリソン号が江戸湾に侵入していたことと絡めて「大塩と黒船が江戸を襲撃する」という説まで流れた。これに、大塩一党の(遺体の)磔刑をいまだ行っていなかったことが噂に拍車をかけた。

幕府としても元役人で、武士でもあり、遺体の状況をも鑑みた上での処置であったろうが、そのため余計に生存説が拡大してしまった。仕方なく幕府は事件一年後に磔を行うが、それは塩漬けにされて人相も明らかでない遺体が十数体磔にされる、という異様な風景で、当然大塩本人の遺体の真贋判断などできるわけではなく、さらに生存説に拍車をかけることとなってしまった。

大塩の発した檄文は、幕府に反感を持つ庶民の手で、取締りをかいくぐって、筆写により全国に伝えられ、越後国では国学者の生田万が、柏崎の代官所を襲撃する乱を起している。


遺体がどうしたと書いてあるが、

飢餓は、こうした反乱を生み出すものだとする。
今、次に考えられる経済政策、そして、超支配層といわれているフリーメンソン系やユダヤ資本など、オバマもそういう系列であるが、「戦争」である。

経済戦争として恐慌が起こされたかのような錯覚を持たされているが、
そうではない。
これは戦争のための布石である。

資源を根こそぎとるという目的で、行われるだろう。

つまり、イラン、イラク、サウジ系とアメリカ、中国、従属国として日本も借り出される。核は使われない。後の処理が大変だからだ。

裏ではそのストーリーが進んでいる。

失業者は、超支配層からの一時的な緩和政策、経済支援策を通じて、確実に、徴兵制の元、向かわされる。家族もなく、身よりもなかなかない輩は道具に適していると判断しているはずだ。

会社員も半分は削られるだろう。人口減少も目的に入っているから、かなり大掛かりなことになる。

自らのカルマに回顧し、心を善として、祈りをささげる。
そういう一般市民においての回顧改心は、宗教を問わず、利権としての石油の確保のために、また無駄になってしまうのだ。

これが理解できる人間は次の手に進まなければならない。

どうやったら生き延びることができるのか、だ。

この時点で、田舎があるものは、田舎に帰ったほうがよいかもしれない。
社会的底辺にいさせられたものたちは、社会性として、軍隊という組織に向いている。食事や服が与えられ、寝るところも与えられるからだ。

国民一人への、一万五千円程度の還元だけでは、誰も救われないのだ。

労働失業者は、中国の人件費の安い人々に仕事を奪われただの、それは現象であって、真実のための判断材料としなければならない。

もともと、海外への拡張政策をとってきたメーカーは、利益を上げることができたのは自明である。いかに日本人の高給労働者を使わずして、安い製品・日本的な品質を世界に売るのかだけを目論んできた。円高で利益が出ないのは当然である。

日本はまちがいなく、スラムを発生させ、すでに起こり始めているが、無職者のコンビニ強盗や詐欺、こんなものは当たり前に増加する。

儲かるのは何か。
保険屋だ。  次の利ざやを稼ぐ、超支配層がアメリカと組んで起こすのは、保険屋なのだ。戦争保険、強盗保険、倒産保険。

資本主義としての基本的な構造である。信用にたいしての信用。他者への信用がなくなれば、債務が捨てられる。回収ができないことを保険でカバーする。当然のことだ。

食物は値上がりするだろう。土地や家賃は下がるだろう。
服よりも高い食物が流通するだろう。

飢饉になってからでなく、既に経済政策として前打っている政策があるが、功を奏するのだろうか。

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19で双子の片割れとなる。不惑にてまだ迷い、
冥界と現実世界を行き来し、いまだに形とならない創造力が俺を圧迫して、不安にさせている。誰からの許可が要るのだろうか。
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